試合が終了してから、皆で街まで下りてファミレスで昼食にした。 今回は臨時収入など無かったから全員に奢るなんてことは出来ないのだが、不思議とハルヒがそのことを口に出すことは無く、当然のように各自が自分の分を支払う流れになった。妹の分だけは払わされたがな。(妹は金を持ってこなかったのだ) Aランク以上の女子達と一緒にプレイできて嬉しい谷口を始めとして、理由はそれぞれらしいが、皆楽しめたらしく、タダ働きについて文句を言うやつはいなかった。 で、妹が残りたがったりと多少あったが、そこで助っ人は解散。妹は鶴屋さんが送ってくれるというので彼女に任せた。 そして団員は学校に戻って、……あと何するんだ? 特訓、飯作り、校内探索、野球部に殴りこみと一貫性の無いイベントをこなしたハルヒだが、そろそろ学校で出来るネタも尽きたらしく、部室に戻るなり俺にこう聞いてきた。 「ジョン、これから何したい?」 いきなりそんなもん出るか。 まあ、あえて言うならば、 「そーだな、とりあえず疲れたから昼寝か?」 「よし、それ行こう!」 「はぁ? マジかよ?」 冗談のつもりだったんだが、ハルヒはこれから夕飯の準備まで昼寝の時間と宣言した。 何考えてやがるのか、さっさと寝袋を出して芋虫になり、困惑する朝比奈さんの前で寝息を立て始めやがった。 呆れるやら絶句するやらの俺だが、その隣で古泉が薄笑いのまま軽く両手を広げてお手上げのポーズをした。 取り残され気味の俺たちでどうしようか話し合おうと思ったが、朝比奈さんがその可愛らしい唇に人差し指を立てて寝ているハルヒに目配せするので、とりあえず話をするために、俺と朝比奈さんと古泉で音を立てないように部室から外に出た。 長門も昼寝する気はないようだが、既にハルヒの頭のすぐ先で椅子に座ってもうそろそろ読破する合宿2冊目のハードカバーを読みふけっていたので放っておいた。って言うか合宿中に何冊読む気なんだ? 俺はドアから出てすぐに朝比奈さんに言った。 「朝比奈さんどうします? 無理にハルヒに習う必要ないですよ」 「いえ、わたしは涼宮さんの側にいようと思います」 「そうですか、じゃあ俺はちょっとその辺をぶらぶらしてきますから」 「じゃあ僕もお供しますよ。女性が寝ている部屋に男性僕一人というのもどこか気が引けますし」 どういうモラルなんだ。まあ良いが。それとも俺に話でもあるのか? 監視の役割を果たすつもりなのかそれとも本当に眠いのか、朝比奈さんとは部室前で別れて俺と古泉の二人で旧館と新館を結ぶ渡り廊下の三階部分、屋上になってて日当たりの良い場所に移動した。 古泉は廊下の両側を囲っている胸の高さのフェンスに寄りかかり普段のにやけ顔のまま言った。 「涼宮さんはあなたにああいうことをしてもらいたかったようですね」 「なんだ、ああいうことってのは」 「真剣勝負の緊迫感。勝負に負けた時、本気で悔しがる熱血。午前中の試合の事ですよ」 古泉は気障な動作で右手を振り、『熱血』の所で拳を握ってみせた。 「あいつは負けて欲しかったのか?」 「いえ、結果は重要ではありません。勝ってエースを胴上げなんていうのでも良かった筈です。 むしろそちらの方がベターですね」 いわゆる青春のヒトコマってやつか? 俺の柄じゃねえな。 逆転満塁をやられた時は思わずやってた気がするが、アレは速やかに俺の脳内から消去することが絶対多数で可決されているのだ。 「判らないな。そんな普通のことをあいつが望むとは思えねえよ」 「そうじゃありません。あなたですよ。原因は」 「俺?」 「先ほどあんな会話をしていたから僕は判っているものだと思っていましたが」 「あんなってどんなだよ?」 もしかして、試合が終わった後の「勝ちたかったか」とか聞かれたときの話か? そういうと、古泉は『苦笑』というか、前の世界の古泉がしないような顔ををして言った。 「無意識ですか? では、前の世界とやらの経験がそうさせているのでしょうかね?」 「さあな。ただ、あっちの古泉に言わせると俺とハルヒには『信頼関係』があるんだそうだ。俺は信じちゃいないがな」 「それは興味深い話ですね。だとすると、こちらの涼宮さんにとってもあなたは信頼に値する人なのかもしれませんから」 現状の何処をどう解釈すればそんなトンチキな説に辿りつくんだ? 今俺はハルヒに疑われまくってるじゃねえか。 「こういう事を言うと気を悪くされるかもしれませんが、あなたは今朝から試合の前まで本当に生気のない目をしてました。それこそ腐った魚の目みたいな」 酷い比喩だが、古泉はそれを無駄な微笑のまま言うから余計カンに障る。 そう思うなら言うなよ。 「悪かったな」 俺の不愉快を告げる視線を半端な笑顔で受け流し、古泉は続けた。 「だから涼宮さんはあなたに元気になって貰いたかったんだと思いますよ」 「それは無いだろ」 ハルヒはそんな殊勝な事を考える奴じゃない。何時だって自分の傍迷惑な思い付きを遂行することだけを考えて周りの事なんで眼中にねえよ。 「まあ、信じる信じないはあなたの自由です。でもあなたが登板して最後の打者に挑んでいる時の涼宮さんはここ最近で一番精神が安定していましたよ」 判らねえ。 ハルヒがか? 古泉は顎に手をやりうんうん頷きながら言った。もちろん薄笑いのまま。 「あなたはあの時真剣に試合に臨んでいた。違いますか?」 「ああ、無理矢理登板されられたとはいえ、手抜きなんてしたら後が怖いからな」 まあ、素人の俺が野球でハルヒに判らないように手抜きなんて出来るワケも無く、あの場面では真剣にならざるを得なかったんだが。 「あなたは実にいい顔してましたよ。僕も朝倉さんに口添えした甲斐があったってものです」 あん? 「もしかして、あの時、朝倉が俺にピッチングのコツを教えに来たのってお前の仕業だったのか?」 7回裏、俺がマウンドに登ってすぐ、朝倉が俺のところにやってきてボールの握り方やら手首の反しかたやらを指導してくれた。『即興ガイダンス』と表現したあれだ。朝倉がそういうのを何処で習ったのか、いや、どこぞから情報を引っ張ってきたのだろうが、おかげで俺はとても投げやすくなり、それなりにまともなプレイが出来たのだ。 「僕が彼女にあなたを支援してくれるようにお願いしたんですよ」 「支援?」 「ええ、失礼ですがあなたには野球の経験が殆ど無いでしょう?」 「まあ、ガキの頃遊びでやってたのを除けば、半年前にぶっつけで一試合だ」 アレは『野球経験』と呼ぶには少々問題があると思うがな。 「そんなあなたが、曲がりなりにも野球を志し野球部員になった人間相手に投手としてまともに通用すると思いますか? 途中入部でなければもう9ヶ月近く練習をしている相手ですよ」 そりゃ、普通に考えたら無理だな。 偶々、居残り組しか居なかったのが幸いしたんだ。相手がレギュラーメンバーだったらこうはいかねぇだろう。と、俺は思っていたのだが。 「相手も素人レベルだとしたらあんなまともな試合にはなりませんよ。むしろこちらが相手のレベルに合わせた結果と見ていいんじゃないですかね?」 「おまえは何が言いたい?」 「おそらく彼女はあのときあなたに何かをしたのでしょうね。僕は感心しましたよ。遠隔で球のコースをいじる位だと思っていたんですが、あそこまで回りに判らないようにやってしまうとはね」 つまり、元の世界で長門がやったようなイカサマを朝倉にさせようとしていたのか。古泉は。 やはり朝倉がどんな存在か判ってたんだな。 「あなたはロクに練習もしていない人間が一回フォームを整えて貰ったくらいで、そのフォームを維持したまま1イニング投げ切ることが出来ると思いますか? いや今日の試合であなたはそれをしてたんですよ」 そういうことか。 ああ、判ったよ。 思い出してみれば登板中の俺は妙にピッチングが上手かった。 つまり、朝倉は俺に投球フォームを教えたんじゃなくて、何らかの方法で投球フォームを固定したんだな。しかも周りに気付かれないどころか俺自身にも判らないように手加減しやがった。 「楽々勝てたらあなたは燃えなかったでしょう? 逆に全く歯が立たなくても。敵と拮抗して、努力の成果が良く見えるくらいが丁度良かったんですよ」 おそらくこれは長門と朝倉の違いだろう。 長門はバカ正直で手加減無くトンでもないことをしでかすが、朝倉は状況を見て細やかに対応なんてことをやってのけるらしい。この場合は最低限の対応で俺の投球フォームだけを整えて、敵とのパワーバランスを取ったってところだろう。 そして朝倉もハルヒの意図が判っていた。 なんでハルヒが俺を元気にしようなんて殊勝なことを考えたのか判らねえが、あのハルヒが試合に負けても機嫌を損ねてないって事は、古泉の言うことは真実なのだろう。 「あのハルヒがね……」 結果的に俺は実力以上のピッチングをし、負けはしたが、あいつの意図通り俺は鬱な気分を忘れていっぱしの投手気分に浸っていたのだ。 ネタを知らされて、結局俺は踊らされてた事が判った訳だが別に気分は悪くなかった。 俺はプライドを持つほど野球にこだわっちゃいねえし、力いっぱい投げて発散したおかげか今の状況をもう少し前向きに考えようという気にもなった。ハルヒの思惑通りって訳だ。 どう前向きになったかっていうと、つまりアレだ。役には立たなかったが今まで無いと思っていた超常的手段だって手に入ったんだ。この調子で俺が戻る手段が突然転がり込んで来ないとどうして断定できよう? ってことさ。 |